兵庫で開催されていた、阪神淡路大震災の写真展を見に行った。
震災は1995年の出来事なので、今から23年。
当時僕はまだ0歳だった。
写真展で見た写真たちは震源の兵庫の惨澹たる様子を、毅然と物語っていた。
当時の空気をそのまま今に感じさせるような、そんな強い写真たちだった。
写真という存在のありがたさを感じるとともに、
毎日何気なく続いている日常のありがたさもまた、 考えさせられた写真展だった。
最近流行りの言葉、まじ卍。
特に意味はないらしいが、意味のないような日常だって
とてもありがたいことだと思った。
兵庫.長田
写真は、誕生から今までの世界の出来事を
ありのままに後世に伝えることができる貴重な手段として
扱われて来ている。
写真がない時代に、物事を詳細に伝えることの難しさは、
今の写真社会に生きる我々には想像しがたい。
写真の発達は我々に多大なる恩恵を与えた。
我々は大いに感謝しなければならない。